未来へ




これはいったいどういうことだろう。





ある朝日吉が氷帝学園までの最寄り駅に降り立つと先輩である忍足が自分を待ち構えるかのごとく佇んでいた。
いや、ごとくではないだろう、忍足は日吉を待ち伏せていた。その証拠に忍足は
日吉の姿を認めると、笑顔で手を振ったのだから。

「おはよう、日吉」「おはようございます」
関わるとロクなことがない。そう即座に判断した日吉は、最低限の礼儀として挨拶だけをこなし足早に立ち去ろうとした。
「あっぱれなくらい想像通りやけど、もーちょい爽やかに応対してくれても、いいやん」




忍足は足早に立ち去ろうとする日吉の隣に並ぶと、わざとらしいまでに嘆く。

平常心、平常心。本気で相手をして馬鹿を見るのは自分だ。日吉はそう自分に言い聞かせ努めて冷静に対応しょうと心掛ける。
いつもそうだ。忍足は相手をすれば鬱陶しいくらいテンションを上げながら絡み、相手をしなければ梅雨の方がまだましだろうという勢いで、
ジメジメとした雰囲気を漂わせ必要以上に絡んでくる。



どちらにしてもロクなことがない。
振り切ってしまうのが一番だ。




そう判断した、日吉は無言で歩く速度を上げた。
「いやーそれにしても、ええ天気やな。今日も絶好のテニス日和や」
隣を歩く忍足は対して気にした様子もなく、日吉に合わせて速度をあげる。



いつもながら、イライラする。絡んでくる忍足にも、そしてうまくあしらえない自分にも。




日吉が段々とイライラを募らせているのに気づいていないはずがないのだが
忍足は暢気な様子で、意味があるのかないのか判断のつきかねる話を延々と喋っている。




日吉には、どういうつもりなのだかは皆目見当もつかない。家が名家というわけ
でもなく、他の後輩と違って愛想のない自分を
手名付けたところで忍足にとっては何の得もないはずなのだが。




「日吉、今日俺と練習試合って知っとった?」
「そうなんですか?」
日吉は答えてしまってから、しまった、と後悔する。
今日こそは、話をしまいと心に決めていたのに。
イライラして釈然としない気持ちばかりが残る。結局馬鹿を見るのは自分なのだから。



「楽しみやなー日吉との試合。何て言っても期待の新人やし」
「そうですね。試合は楽しみです」
こうなった以上は返事をしないわけにはいくまい。
いくらいけすかないとはいえ相手は先輩なのだ。
日吉は敗北感を募らせながら、殊更試合の部分を強調しつつ返事をすると、さらに速度を上げた。






忍足も次は追うこともなく、その場に留まっている。







忍足の視線を背中に感じながら、日吉は自分が酷く緊張していたことに初めて気がついた。
どうして、忍足のことを意識していないように振る舞うのにこんな風に緊張しなくてはならないのか。
他の人間に対するように、拒絶してしまえないのか。



どうして、ここまでイラつくほど振り回されてしまうのか。



その意味を日吉はまだ知りたくなかった。
知ってしまったら、最後自分がどうなってしまうか分からない。



今はまだ、怖い。
確信を持って彼に勝てるものがなければそのまま忍足という存在に全て飲み込まれてしまいそうで。




まだこの感情に蓋をしていたい。
少なくとも、テニスでくらい同等に戦えるようになるまでは。

それは、すぐそこにある未来かもしれないし
気の遠くなるほど、先の話かもしれないけど。

それでも、悔しいのだ。あのつかみ所のない人を自分だけが気にしているようで。

負けっぱなしは性に合わない。

今日もテニス日和だ。そういえば、放課後には忍足さんと練習試合だったか。

そんなことをぼんやり思いながら日吉は空の眩しさに一瞬目を細めると校門をくぐった。







それは未来への第一歩。

BACK