それは、授業の合間の休憩時間のこと。




「真田‥」 
仁王にしては神妙な面持ちで、いきなり教室を訪ねてくるから何事かと思ったのもある。
アイツは滅多な事では俺の教室には来ないからな。
「何か用か?仁王」
「あー‥いや今日の放課後の事なんじゃが‥」



俺が人の言葉の裏を読むのが、上手くは無いと言うのも充分に自覚がある。





「先日連絡した通り、今日は、部活が休みだ。何だ確認か?」
「あぁ、実はちいとばかり野暮用があってな」
「そうなのか。実は久しぶりに幸村の見舞いに行こうと思っていたのだが、それならば無理なのだな。
明日の朝練はいつも通り行うからな。あまり遅くなるなよ」
「あ‥そうなんか。それで‥」



あいつが、あまりにもいつも通りで気がつかなかった。わかっている俺が全て悪かったんだ。反省はしている。
だからあまり責めてくれるな。





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「本当に反省しているのか、弦一郎」
「普通さー、仮にも、仮にもだよ恋人同士が二人とも休みなら予定が無いならデートでも行かないってなるんじゃないの?
甲斐性がないって言うかホントにたるんでるよ、真田は」
「確かにな。仁王の雰囲気から察せられなかったこともそうだが、
弦一郎の思考回路自体がそんなことを考えも付かなかった事も問題だな」



何も無いなら、蓮二と二人久しぶりに幸村の見舞いにでも行こうとなった。
その道行きで今日の仁王とのやり取りをそのまま話してしまったのが運のツキ。
俺は幸村の病室で己のふがいなさを責められるという現状に至っているわけだ。



「まぁ、弦一郎はテニス以外は本当に幼いから仕方が無いといえば仕方が無いのだが‥」
「そんな風に甘やかしては、いけないよ、柳。そんな風にほのめかされたら、
赤也だって察しが付くだろうに。あーぁ可哀想だな仁王」
 ‥幸村お前面白がっていないか‥?そんな疑問はさて置き、
やはり問題はどう仁王へのフォローを行うかだろう。


「それにしても‥仁王が俺を誘おうとしていたとは‥」

そう、あの休憩時間。実は今日の放課後の部活の予定確認ではなく、
俺を‥そのデートとやらに誘う為だったらしい。

「仁王楽しみにしてたのになぁ。いきなり誘ってびっくりさせるんだーって言っていたのに」
「というか幸村、お前は何故知ってるのだ」
 
俺は全く気がつかなかったんだぞ。いくら幸村といえどこればかりは本当に面白くない。
どうやら仁王は随分と前に俺が見たいと言った、映画を覚えていたらしく(一言二言くらいの会話だったのだが)
今日誘うつもりだったらしいと幸村から聞いた。




気がつかずに、拒絶してしまった様に思わせた自分自身もふがいないが、
幸村に相談する前に俺に直接言ってくれればいいと思うのだが。





「それは真田より俺のほうが相談しやすかったからじゃないのかい?」
「仁王がお前に対してどれだけ気を使っているかは、見る人間が見ればすぐに分かる事だぞ。
そのことに全く気がつかない、弦一郎、お前の気配り不足だ」
「しかしだな‥」


幸村と蓮二がそんな俺の気持ちをいっそ気持ちが良いほどに一刀両断する。
俺がいつも思っていて、それでも直視してこなかった心の中の一番深いところがズキズキと痛む。




「言い訳は無しだよ、真田」
 そう言って幸村がため息を一つ




「君たちはただでさえ意思の疎通が難しいカップルなんだよ。
真田が黒なら仁王は白。真田がスッポンなら仁王は月って言ってもおかしくないくらい、
人としてかけ離れているんだから、普通のカップルの倍以上の努力をしなくてどうするんだ」
幸村は倍じゃ足りないかもな、など失礼なことを呟いている。
例えについては少々異議を申し立てたい部分があるが、言いたい事はおおむね理解した。


 

確かに俺と仁王は気があうかといえば、首を傾げたくなる関係だろう。
俺は俺であいつのあのふざけた性格がどうにも解せなかったし(今でも時々理解不能だ)、
仁王は仁王で俺の四角四面過ぎる性格が苦手だった(今でも頭をもう少し柔らかくしろといわれる)らしい。



今でこそ、このような中に落ち着いてはいるが、それまでは口を利くことすら珍しいくらいだった。反発し合うでもなく、
近づこうと互いに努力するのでもなくただそこに居るものとしてだけの認識をしていた。




今考えれば恐ろしい事この上ないが。当時の関係を思い浮かべるだけで頭の中が冷めていく様だ。




「確かにお前に仁王の複雑を理解させようと思ったら、一生掛かりそうだしな。
ただでさえ弦一郎は、裏を読む力が著しく掛けているし」




幸村に続いて蓮二まで。そこまで言われるほど鈍くはないと思う‥恐らく




「だとしたら、どうなんだ。一生掛かるというのなら、一生を掛けるまでだ。
俺にとって仁王はその価値のある男だからな」




これは、俺という人間を形成する大事な柱の一つだ。




練習中に試合をしたことがきっかけで段々と仁王と個人的な話をする機会が増え、
すれ違いや接近を重ね思いを通じあえたあの日、俺は寂しがりやで複雑で
その実誰よりも優しいアイツを一生掛けて大切にしていこうと心に誓ったのだ。





「何か色々思い出に浸っているところ悪いが、真田。
それは、本人に言わなければ意味のないことじゃないのかい?」
「仁王の負担になると考えて言わなかった可能性、89%だな」



相も変わらず好き放題にけなしてくれる。
仁王が俺の反応を怖がって言い出せなかったように、俺だって仁王の反応が怖くて言い出せないことくらいある。





「それじゃ駄目なんだって。ホント似なくて良いところが似てるんだから‥」
幸村が呆れたように言い放つ。
「そうだぞ弦一郎。親しいからこそコミュニケーションをとる努力を怠ってはいけないというのは、恋愛の常識だ」
それに被せる様に蓮二。



「あぁ、とりあえず、俺と仁王には圧倒的に相互理解が不足している事を認めよう。
一緒に出かける約束を取り付けるくらいで、こんなにも気を使いあっていることが何よりの証拠だ」




「そうだね、君たちの場合はそこを無視して先に進もうとするから、ややこしくなるんだね」
幸村が満足そうにうなずく。洞察力に優れた男だとは思っていたが、ここまで本人以上に把握していると正直恐ろしい。
「ちなみに、仁王は今部室に居る可能性94%だ」
幸村と同等かそれ以上に洞察力の高い男がもう1人。
綿密に行動パターンを知り尽くしているので、この部分に関しては柳のほうが恐ろしいか。
 


俺がどうしたいと考えているかも、しっかりと分かった上での発言なんだろう。
色々と助言をもらえるのはありがたいが、全てを見透かされていそうで恐ろしいのも確かだ。
全くもの凄い友人を持ってしまったものよ。
今はそんな事を考えている場合ではないが、自分の考えに頬が緩む。
「そうか‥では後は頼んだぞ、蓮二。ではまたな幸村」
そう言って俺は慌しく病室を後にした。
振り返りはしなかったが、二人の笑っている気配が伝わってきた事で安心する。





 せっかくの放課後だ。まだやり直すことが可能な程度には時間は残っている。
映画を見て‥今まで足りなかった分色々と語り合おう、俺たちには圧倒的に言葉が足りなかった。

何でもいい。テニスの事でも勉強の事でも何でもいいから、語り合いたい。互いの距離を縮め、更に理解しあうために。





   

 新しい一歩を二人で歩み始める為に。
 
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