「真田、お前こんなところで何しよるん?」
「いや‥お前がよければ一緒に帰ろうかと思って」
‥正直驚いた。こいつにはこんな甲斐性ないと思っていたから。

いったい誰の入れ知恵だ‥?




帰り道





とか何とか思いながら、浮かれとる俺も大概やけど。
そんな風に自己嫌悪に陥りながらも、隣を歩く真田をちらりちらりと眺めつつ軽くため息。

だって嬉しくてしょうがない。

正直真田からこんなお誘いが来る事なんか、付き合い始めてから‥というより知り合ってから初めてだ。
というか中学卒業するまでにあったら奇跡だと半ば本気で思っていた。
いっつも何すんにも、誘うのは俺のほう。まぁ、例外はテニスじゃけどそれは何かこう恋人同士らしい甘さに欠けるというか‥
どちらかと言えば部活仲間の1人としてカウントされての事だろうから今回は除外するとして‥。
あー‥何か虚しいのは気のせいだと思いたい。気のせいでなければこのテニス馬鹿のせいということにしとこう。

「何だ仁王俺の顔に何かついているのか」
ちらちらと顔を眺めながらため息をつく俺の様子が気になったのか、
少々眉をしかめて俺の顔を見る。


そんな風にしたら、眉間の皺が癖になるけん、止めろっていつも言うとるのに直らんなぁ。


「別に。真田から誘ってくるなんか、珍しい事もあるもんやなーと思ってな。
それより、また眉間に皺寄っとーよ。
あんまり眉間に皺寄せると癖になるけん止めた方がええよっていつも言っとるやろ」
そういいながら、真田の眉間に触れる。
「仁王いつもいつも突然触るのは止せと言っているだろうが」
「真田なん照れとんの?ホントに相変わらずおぼこいのぅ」
面白いほど瞬く間に顔を赤くするので、それは無理な相談だ。

だってこれは俺だからこそ真田に起こせる変化じゃし。

いつも見ているこっちが疲れるくらい厳しい顔をして、
喜怒哀楽の怒以外は抜け落ちているのではないかと疑いたくなるほど感情表現に乏しいこいつが、
俺の一挙手一投足であの参謀さえも驚くほど豊かな反応が帰ってくる。

だから、これは俺の特権なのだ。

そんな事を考えながら、帰り道での俺と真田の攻防は続く。
止せとか止めろ等と喚くうちに先ほどの俺の様子も忘れてはくれないだろうか。

どう考えたって、恥ずかしすぎる。

お前が始めて誘ってくれたけん、嬉しすぎて理由を色々考えつつ軽くへこんでいました、なんて。

恋愛は惚れたほうが負け言うけど、それやったら俺負けっぱなしか‥詐欺師形無しやのぅ。

真田と付き合い始める前にも、遊びとはいえそれなりに女の子との付き合いもあって、
いつも自分は相手を振り回す側だった。
そんな自分が、こんな恋愛初心者に振り回されっぱなしなのだ。
俺の一挙手一投足で真田が振り回されるのと同じくらいかそれ以上に、
俺は真田の一挙手一投足に振り回されている。

困る。そんな現状がイヤじゃないから困る。

「いい加減にしろ!!帰るぞ」
「へぇーい」

そんな恥ずかしすぎる思考回路を吹き飛ばすかのように、おざなりに返事をすると真田のちょっと前を行く。
こんな事で張り合ったって仕方がないとは分かっていても負けっぱなしは、詐欺師のプライドが許さない。

「仁王ちょっと待て。一緒に帰っているのにお前だけ先に言っては仕方がないだろうが」
真田が少し拗ねたように、俺に向かって声を掛ける。
真田も、ちっとは俺の切ない男心を理解するべきなのだと思って軽く放置。
拗ねた声が可愛いなどという末期としか思えない感情はあえて無視することにする。

「ちょっと待てといっているだろうが。ほら行くぞ」
真田が追いついた、と思ったら左手に暖かい感触。

真田が俺の手を握っていた。

「な‥お前いきなり何して‥」
驚いてどもってしまったのもしょうがないだろう。だって相手はあの真田だ。

「何って‥手でも繋がないとお前はふらふらとどこかへ行ってしまいそうだからな。
1人でいかれては何のために一緒に帰ろうと誘ったのか分からないではないか」
一ヶ月も前からタイミングを見計らっていたというのに‥
とまで呟いて、しまったという顔をする。というかコイツ今‥

「一ヶ月も前から狙っとったん!?そんなん普通に誘えばいいじゃろうに‥」
「うるさい!!そう出来れば苦労はしない」
そう怒鳴った後、あさっての方向を向いてこう続ける。
「‥俺にだって心の準備位必要な時もある。いつもいつもお前に誘って貰って嬉しかったので俺も、と思ったのだが、
お前相手だとどうにも緊張してしまって他の奴らのようにはいかんのだ。まったく俺も修行が足りんな」
そう言って耳まで真っ赤にしながらぼやく真田を心底愛しいと思う。

そうか一応努力はしていたのか。こいつにしては大きな進歩じゃ。
俺を誘おうとしていたのも、参謀辺りの入れ知恵じゃなくて自分の考えだというのもなかなかに好感度が高い。

恋愛は惚れた方が負けで、惚れられた方が勝ちなんていうけれどこの勝負はどうやら引き分けのようじゃし。

「まぁ、せいぜい気張りんさい。皇帝さん」


そして俺は、ご褒美とばかりに真田の頬に一つキスを落とした。
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