allegro

休みのなのに全く人通りの無い通り。
のん気に笑いながら忍足先輩が歩いている。
その横を俺が歩いている。

何故だかは、今この状況になっても分からない。
ただ、屈辱的なことに俺はこの人に対して恋愛感情を持っているらしい。

(そんな考えにぶち当たってしまう、自分の脳にイマイチ自信が無い)

この人も俺に惚れているらしい。

(らしい、というのはこの人に好きだの何だの
冗談で言われすぎてイマイチ信用が置けない)

「日吉何難しい顔して考えこんどるん?眉間に皺寄ってるで」
俺の顔を覗き込みながら忍足さんが、俺の眉間を突付く。
くそう、顔が赤くなってくるのが悔しい。
何バクバク言ってるんだ俺の心臓。

忍足さんといるといつもそうだ。
全力で走っている時のように、
普段は気にもしない心臓の音がやたらうるさく聞こえて
体中が熱くなる。


それがイヤじゃないから、本当にどうしようもない。


「別に。ただ今日も嫌になるくらい暑いなぁと思いまして」
何でアンタとこんな風にいるんでしょうね、とか考えてました。
といった日には、運命の恋人同士やからや!!とか愛のなせる技!!とか
そんなに俺のこと考えてくれとるん!!とか言い出して
うっとおしい事この上ないので適当に言い訳しておく。

「そっかぁ、日吉顔赤いもんなぁ。暑さで火照ってしもたんかな」
うーんと唸りながら、忍足さんが俺の頭を撫でる。
「そこまで心配していただかなくても結構です。
それより、頭撫でるの止めていただけませんか?」
口で言うほど嫌じゃない自分に激しく腹が立つ。

この人の言動一つ一つに振り回される自分に腹が立つ。

「えー日吉の頭撫で心地いいんやもいん。
俺一日撫でとっても飽きひん自信あるで」
「自信満々に何言ってるんですか。馬鹿ですかアンタは」
触れられたところから更に体温が上がる。心臓が更にうるさい。

全部全部忍足さんのせいだ。何でこんなに嬉しそうに笑うんだ。

「しょうがないやん、俺日吉馬鹿やもん」
「はいはい」
いつものことなので、さらりと流す。
というかイチイチ本気にしていたら俺が持たない。

「むー本気にしてへんな。よっしゃそんな悪い子には抱きつきの刑や」
そんな俺の態度が気に入らなかったのか、
いきなりアホな事を宣言したと思うと、
人がいないのをいいことに忍足さんは俺に抱きついてきた。
「暑苦しいから離れてください!!何考えてるんですかアンタ!!」
「日吉のこと!!」
「アホでしょアンタ!!」

少しの沈黙。何となく気まずい雰囲気の中忍足さんがおもむろに口を開いた。

「アホやもん。いちいちかっこつけとったら欲しいもんは手に入らんしな」
何となくいつもと雰囲気が違う。
「忍足さん‥」
俺がいつもと違う雰囲気におずおずと呼びかけると
忍足さんは俺を更に抱きしめた。
「そんな訳で、俺は日吉が大好きです」
「‥‥俺はそんなこと言う忍足さんが嫌いです」
「うん知っとるよ。日吉耳真っ赤やし心臓バクバク言っとるし」

返答に困る。俺がどんな言い繕って見たところで
俺が本当はどう思っているのかなんてこの人にはお見通しなのだから。

――本当は冗談めかしていつも忍足さんが本気な事を俺は知ってるから。

「さて行こうか。あっこにあるカフェなんかいいんちゃう」
忍足さんがそんな俺の心中を知ってか知るまいか
(知ってるだろうから、腹立たしいが)
俺を解放したかと思うと、さっさと先にあるカフェを目指して歩き始めた。

ちくしょう、下克上だ。負けっぱなしは性に合わない。

先に行く忍足さんを目指して、走る。

忍足さんを追い抜けたら、アンタが思ってる以上には
俺はアンタの事が好きだと伝えてやろう。
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