allegro moderato

「真田―暑くてかなわん。どこかで休憩せんか?」
「そうだな、さすがにこの暑さは堪える」
休みなのに何故か人通りのない通り。
皆暑さで参り、家に閉じこもっているのだろうか。

「それにしても珍しいな。お前が外へ誘うなど」
「うーんたまには夏っちゅうのを満喫してもええか思ったんじゃけど‥‥
流石にこう暑いと後悔するの」
今日は珍しく仁王から出かけようと誘ってきた。
休日を二人で過ごすのは珍しい事ではないが、
仁王のほうから(コイツはテニス以外はインドア派だ)外で過ごす事を
提案されるのは非常にまれだ。

第一買い物というには、遠くへ来すぎではないだろうか。
確かこの辺りには手塚が住んでいたはずだ。

「お前昨日もそう言って部活をサボろうとしたろ」
「それは俺だけやないやろ。ブン太も赤也も一緒に逃げとったぞ」
「一緒なら罪が軽くなると思ったら大間違いだぞ。
サボった時点で同罪だ」
「愛する恋人じゃろー。ちぃとは見逃してやろうとは思わんのかい」
「それとこれとは、別問題だ」
「真田のケチ」
「誰がケチだ!!」
こんなやり取りはいつものことだ。
他愛もないやり取りだけど、少し早めのスピードで展開される
こんなやり取りが心地いい。

ゆっくりと会話を楽しむほうが性に合っていると思っていたが
こんな早足のような会話に喜びを覚える事を知ったのは
仁王と交流を持つようになってからだ。

「真田のムッツリスケベ」
「たわけた事を抜かすな!!このうつけが!!」

目の前で仁王が笑っている。
それだけで、世界が鮮やかに色づいていく。

「うつけ言われた。ホントに愛が感じられん」
「愛があろうがなかろうが、俺は思ったことを口にするだけだ」
「何じゃいそれは。
普通は愛する人間にこそ気ぃ使って何も話せんくなるもんじゃなかね」

「それも一理あるとは思うが、それでお前と話せなくなるほうがイヤだ」

横で仁王が驚いたようにこちらを見ている。
そういえば、こんな気の抜けたようなマヌケ面を見るのは初めてだ。
いつも飄々として、笑ってることが多いから。

「よーそんな恥ずかしい事が言えるの。
人間関係を潤滑にする為の嘘だって必要じゃろう?」

何かまた難しいことを考えているのだろう。

それが分かったところで、
俺はいつものように本音でぶつかっていく事しか出来ないのだけれども。

「必要だとは思うが俺は愛する人間にこそ本音で向かい合いたい」
「ほいじゃ、真田は俺には全部本音で話し取るってことかい」

探るような目つきで、仁王が俺を覗き込む。
機嫌を損ねてはいないようなので少しほっとする。

「当たり前だ。俺はお前を愛しいと思っているから
お前には絶対に嘘はつかない」
覗き込まれているのを逆手にとって、仁王の目を真っ直ぐ見返して答えると
仁王は安心したように柔らかく微笑んだ。

それを見て自信が無くて誤魔化そうとしまうところも
周囲の反応を気にして、本音を隠してしまうところも
こんな風に騒いでいるところも
全てをひっくるめて愛しいのだから、
俺も相当仁王雅治という男に惚れているんだなと改めて自覚する。



「何か俺は凄く恥ずかしい事を言われたのですが
それも本音ですか?」
「当たり前だろう嘘をついてどうする」
ポーカーフェイスの上手い仁王が真っ赤になっているのを見て
自然と笑みが零れる。

本当に重症だな俺も。

「ホントに恥ずかしいおっさんじゃのぅ」
照れ隠しなのか、真っ赤になった顔をどうにか誤魔化そうと
悪態をついてくる。
それはいいがおっさんはやめろ。

「誰がおっさ‥‥あそこにいるのは氷帝の忍足と日吉か‥‥?」

そう思って仁王を見ると向こうの通りのカフェで氷帝の忍足と日吉が
休憩をしていた。

「おー確かに。丁度よさそうやし、俺らもあそこで休憩しようか」
こんな暑かったら敵わんし、混ぜてもらおー、等とぼやきつつ歩く速度を速めて
仁王が向かいの通りのカフェへさっさと歩いていく。


そんな幸せな幸せな午後のひと時。
俺は仁王の背を追って歩く速度を速めた。
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