晴れの日の屋上に、心地よい静寂を打ち破る、一つの影が猛スピードで近づいている。

「弦一郎が浮気しよったーー!!!」





馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが





「何冗談言ってるんですか、仁王さん」
「そうだぜ、落ち着けよ」
あぁぁ、またか、とどこか諦めに似た境地で突然飛びこんで来た雅を見やるのは
屋上にて試合の打ち合わせ中だったジャッカル桑原・柳生比呂士の二人である。




雅が真田がらみで騒ぎ出すと、簡単には収拾がつかなくなるのはすでに学習済みだ。
とり合えず、打ち合わせはまたの機会だなぁ、と
お互いアイコンタクトで確認しあった後、筆記用具を片付け二人は雅に向き合った。





「冗談じゃなか。折角‥‥折角愛妻弁当作ったから、
弦一郎に食べてもらおうと思って社会科準備室に言ったら‥‥」
「へぇ、仁王弁当なんて作れるんだな」
「基本的には器用ですからね。調理実習でも手際は良かったですよ」
「当たり前ぜよ。結婚したら毎日美味しいもの食べてもらいたいからの。
弦一郎の為に日々特訓中じゃ‥‥ってそんな話はどうでもよか!!」



軌道を外れた会話を正す為に、仁王がひときわ大きな声を上げて地面を叩く。
真田がらみになるとたがが外れるが基本的には雅は冷静な人間だ。
雅の落ち着きのない様子からこれはだいぶきてるなーと悟った。
早く修正を図った方がいいだろう。
今までの経験からそう判断した二人は真面目に話を聞くべく、姿勢を正す。




「あぁそういわれれば、真田先生が浮気したとか何とか叫んでましたね」
「っていうか、ありえないだろ。お前がいるんだし」
真田も馬鹿みたいにお前に惚れてるし。
なんとなく遠い目をしながら、そんな事を思う。
思考がシンクロしてしまうのは、二人がダブルスだからなのか
雅と真田の行動が普段からとんでもないのか‥‥



「そうなんじゃ。俺と‥‥俺というものがありながら‥‥」
「どうしたんだよ」
「何があったんですか?」
雅の様子に比べて二人の態度が淡白に見えてしまうのもしょうがないだろう。
この二人は何度かこんな騒動に巻き込まれている。
真田絡みの時の雅の話は、話半分位で聞いているのが丁度言いというのは
いい加減学んでいるのだ。









「‥‥女と一緒に居った」











「「それで?」」










「それでとはなんじゃ!!弦一郎が俺以外の女と二人きりで社会科準備室に居ったんじゃよ」




「真田先生がその女性相手に不埒な行為でも行っていたんですか?」
「それなら確かに問題だな」


二人が聞き返すのも無理はない。
ここは学校だ。
教師まで含めれば多少男性の方が多くなるとはいえ半分は女性である。

社会科準備室なんて狭い部屋だし人数もいないから
職務上二人きりになることくらいあるだろう。

それ以外の目的があって真田が女性と二人きりになるとは
どうあっても考えにくい。


「弦一郎がそんなことするわけ無いぜよ!!でもでも‥‥」
仁王がそこまで言うと涙ぐみ始めた。

「おい、何も泣く事は無いだろう」
「そうですよ。準備室でなにがあったんですか?」

あの、仁王(仁王さん)が泣くなんて!!

常ならぬ、雅の様子に先ほどまではどこか他人事のように対応していた二人も焦る。
いつものしょうもないとしか言いようのない勘違いではなかったのだろうか。









「その女相手にノート運んでくれて、ありがとうっていいよった」








「「‥‥え」」








今何かが聞こえた気がする。もの凄くしょうもないことが。
空耳であって欲しい。空耳じゃなかったら泣く。
柳生とジャッカルはそう切に願いながら、雅の発言を聞き返す。

「だーかーらー女に向かってありがとう言いよった‥‥。
俺だって‥‥俺だってまだ今日言われて無いのにーーー!!!!
弦一郎の浮気者――もう別れる―――!!!!!!」


そう叫んで、この世の終わりとばかりに泣き叫ぶ雅。


たまには真面目な恋愛相談かと思いきや、予想以上にしょうもない内容に
あぁ、コイツは真性の真田馬鹿なんだなと二人は改めて確信する。


それって普通じゃない?普通の教師と生徒の会話じゃない?
ノート運んだら先生皆言うよ、ありがとうって。


っていうか今日って何だ、今日って。


そう突っ込みたいが、突っ込んだが最後自分たちにはよく分からない理屈で更にごねるに違いない。





そんな結論に達した二人は、空を虚ろな目で眺めながら、

これは新しいパターンだなとか

一瞬本気で心配した自分を殴ってやりたい。とか

もう帰りたいとか

泣きたいのはこっちだよとか

そんなどうでもいい事をつらつらと考えていた。
BACK