恋とか愛とかそんな事は自分には無関係な感情だと思っていた。
そんな事をつらつらと考えてしまうほど退屈な日本史。




それのどこが悪いのよ




「つうか、そんなの仁王に聞きにいけよ。真田をどうやって落としたか延々語ってくれるぞ」
「あれは、仁王先輩にしか出来ない技です。役に立ちません」
そんな訳で、丸井先輩相談に乗ってください。
赤也はそう言って文に頭を下げた。


言いたい事は分かるんだけどなー、正直面倒くさい。
はっきりとは言わなかったが、文の顔にはそう書いてある。
付き合い自体は長いのだ、そんなこと言われなくたって赤也にだって分かっている。
でもでも、仁王はこういう事に対しては全て真田基準で役に立たないし、周りの友人にも相談してみたがどうにも埒が明かない。
もう、文に頼るしかないのだ。
そう言って赤也は更に深く頭を下げた。




赤也の相談内容はこうだ。


今朝通学途中電車内で痴漢にあった。
どうしようかと困っているところを、たまたま同じ車両に乗り合わせていた人に助けてもらった。
ついては、その人に一目ぼれをしたので、どうしていいか教えて欲しい。





周囲の友人はみんな口を揃えて同じ学校内というならなんとでも協力するが、名も知らぬ電車の君では相談に乗るもなにも
「とりあえず、礼したいとか言って名前くらい聞いてこい。メルアドとか」
というアドバイスしか思いつかない。と言う。




というか赤也ならそんな事くらい余裕でやっちゃいそうなもんなのに。というオマケつきで。





そんな事が出来れば苦労はしない。同年代の子に比べれば神経が太いのは認めるがこっちだって17歳のごくごく普通の女子高生なのだ。
そんな真似が出来れば苦労はしない。





「いや、こういう場合こそ、あのはちゃめちゃ加減が役に立つんだろぃ」
「何言ってんスか!!あのノリで行ったら普通素でドン引きされるでしょうが」
「いやもしかしたらそいつも真田みたいな特殊な思考の持ち主かも知れねぇじゃん」
「‥‥丸井先輩」
「悪ぃ‥‥今の冗談」



そう言い合って、二人してため息を吐く。
どうしたって思考は堂々巡りだ。




「赤也―‥‥他の奴らと同じで何だけど、やっぱり自分で行くしかねぇと思うぜ。
そっから始めねぇとどうにもならねぇだろぃ」
「やっぱそうなんすかねー」
「聞く気になったら途中まで付いていく位はしてやるからよ」
「代わりにって言うのは」
「‥‥お前、自分への好意を他人通じて打診してくる様な男どうよ?」
「う‥‥はい、自分で行ってきます」
確かにそんな男はイヤだ。そんな他人の力を借りなければ告白も出来ないような軟弱な男は、自分の趣味ではない。




あーでもなーと往生際悪く呟く赤也の頭を文が撫ぜる。
「大丈夫上手くいくよ」
そう笑顔で言いながら。

くそうほだされないからな。

そう思いながら、赤也は心地よい穏やかさに包まれていくのを実感していた。

大丈夫絶対上手くいく。

そんな風に優しい手が語りかけている。




不思議な人だ。文にそう言ってもらうと本当にやれそうなそんな気がしてくる。





「うぉぉーーーーし!!見ててくださいね丸井先輩。俺やりますよ」




さっきまでのうじうじした様子が嘘みたいに、いきなり張り切りだした後輩を見て
文は単純なヤツだと思いながら、心底よかったなと思う。


馬鹿で単純でどうしようもないけれど、コイツはこんな風に強気で笑っているのが一番似合ってるから。


「そうか、なら今日早速決行だな。例の電車の君は帰りの電車でよく見かけるんだろぃ」
「はい‥‥ってえぇ今日っすか」
「おぅともよ。膳は急げだ。こういうことは早いに越したことないし、それともお前さっきの頑張ります宣言は、言葉だけか?」



文は意地悪く問う。長年付き合いで赤也がこういう言い方をされるととても弱い事を知っているのだ。




「違いますよ!!バッチリ名前からメルアドどころか番号まで聞きだしてやりますか‥‥」
赤也は言ってしまってから、文の企みどうりまんまと挑発に乗ってしまった事に気付き、
と頭を抱えたくなった。目の前では、わが意を得たりとばかりに文がニヤニヤと笑っている。
文の言葉に自分で聞きに行く気になったとはいえ、流石にまだ心の準備が出来ていない。




「おーい、二人で何しとるん?」

「うぉっ!?仁王先輩」
「おおおおぅ、仁王こそどうしたんだよ?」

そこに突如現れたのは、先に話題になった仁王雅である。
雅は非常に機嫌が良いらしく、二人の動揺した様子も特に気にした風も無くニコニコと笑っている。

「んーー何か弦一郎の友達が来とっての、土産貰うたから食べに来んかって」
あぁ、そのせいか。と、赤也はぼんやり雅を眺める。
雅と真田は普段こそ行動がアレだが、それは限られた人間の前だけで見せる姿だ。
教師と生徒。世間的にはタブーな関係。バレれば二人どころかその周囲にすら影響を及ぼしかねない。
真田が雅を呼び出したということは、その相手は真田と雅の関係を知っているという事だ。



だから、何も気負わずに自然体の関係でいられるのが嬉しいのかなぁ思う。
いつも、真田絡みで馬鹿なことばっかりやっている先輩も真田との事を隠さなければならない事で、辛い思いをしているのかも知れないから。

自分の感情を隠すのが上手い人だから、全ては想像の範囲だけど。

でも、それでも先輩が笑ってくれてるといいなぁと赤也は思う。

この、愛すべき詐欺師が。





「マジマジ、何か上手いもん?俺も見に行っていいか」
「見にっつーか食いにでしょ。、丸井先輩は」
「うるせーやぃ、赤也の癖に」
「ほらほら、落ち着けや。さっさせんと置いていくぞ」

そう言って騒ぐ二人を軽く諫めて先を歩く雅の背中に、赤也がふと問いかける。

「仁王先輩。先輩は真田先生に好きだって言うの怖く無かったんですか?」

「んーー」

そう言って振り返った顔は少し驚いていたようだったが、それでも穏やかに微笑んで雅は答えた。

「全然怖くなかった言うたら嘘になるけど、それでも伝えたかったから」

「もし、受け入れられなかったらとか考えなかったんですか?」
横で文が何を言っているのだと、赤也を諫めるがそれでも赤也はこれだけは聞いてみたかった。




少しの沈黙の後、雅は綺麗に笑った。





「そん時は、女磨きつつ篭絡するまでじゃ。俺はアイツになら俺の人生全部掛けたって惜しくないと思うとるからの」






堂々と嘯く雅の顔にはそれのどこが悪いんだとしっかり顔に書いてあって、なんだか赤也は無性に笑いたくなった。






アンタ本気でかっこいいです。さっきは丸井先輩と悪口言ってごめんなさい。








「うら二人とも行くぞ、俺の食い物がなくなる」
「文のじゃなくて、俺らんやろーが」
「先に食べたもの勝ちに決まってんだろぃ」
「それはずるいッス丸井先輩」







今までの悩みを全て吹き飛ばすかのように、赤也は二人の先輩と笑っていた。
延々騒いだその先に、己の想い人がいることは今はまだ知る由もない。
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