「弦一郎、俺一回やってみたいことがあるんじゃけど」
雅は、それはそれは楽しそうな顔をしてそう言った。



補習決定



「言ってみたい所、の間違いじゃないのか?」
明日からは連休だ。
部活も確かにあるが、中に丸一日休みの日を設けてある。
確か、男子部も女子部も休みは一緒だからどこかに行きたいと話していたっけ。
「違う。やってみたいことじゃ」
笑顔を崩さないまま、雅がこちらに寄ってくる。
こういう笑みを浮かべている時は、概ねろくな事が起きないと長年の勘で分かっているのだが、
それでも拒む気になれないのは、俺が雅にどうしようもないくらい惚れている証拠なんだと思う。


蓮二辺りには、惚れただのなんだの言い出す前から、雅に勝てた為しがないなどと言われそうだが。


「うむ、何だ言ってみろ。俺に出来る事ならば協力もやぶさかではない」
俺はそう言って雅に向き直る。
少しも警戒していないと言ったら嘘になるが(時々本気で俺の存在について問いただしたくなる様な言動をする為)
それでも、俺で叶えられるなら、彼女の希望を叶えてやりたいという気持ちに嘘偽りはない。


「うん、じゃあな弦一郎、まずはスーツ着て」
「スーツ?」
「細かい事はええから、弦一郎がいっつも学校で着とるヤツ着て」


なんだか不思議な要求をするなぁと思う。
俺の今の格好は、Tシャツにジーンズといったラフなものだが、出かけるだけであれば何の支障もないと思うのだが‥‥。

「しかし‥‥だな」

「ええから着替え。説明は後」

「う‥‥うむ」


尋ね返そうとするも、雅の真剣な様子に何か彼女にとっては特別な意味があるのだろうと解釈しとりあえずは着替える事にする。


「普段着用しているもので構わないのか?」
「ええよ。つうかそれがいい」
「そうか」
「うん、じゃあ俺一回帰るけん。一時間後にココに集合で」
「はぁ」


俺が着替えだしたのを見届けると、雅は満足したのかメモを押し付けて帰ってしまった。
というか、このメモに書かれている場所は――――‥‥






「雅いったいどうしたのだ?」
「おぉー―、そうやって真田先生がウチのクラスに入ってくるの変な感じじゃのう」
「それはそうだろう。1年担当の俺が3年の授業に来る事はないからな」

雅があのメモで指定した場所。
それは、立海大付属高等学校3年2組の教室。
雅の教室だった。


「そーよねぇ。弦一郎がここに赴任すんのが決まった時弦一郎の授業が受けられるんかなーって期待したんやけど」
「そうだな、俺もお前に授業をすることがあるかもなと期待はしたんだがな」

ここに、赴任することが決まった時雅のためにも不必要に接触してはならないと心に決めはした。
不純な動機で付き合っているのではないが、露見してしまえば問題となり傷つくのは雅なのだから。

それでも赴任してすぐに1年の担当をする俺と3年雅とでは、お互いに意識することがなければ、
全くといっていいほど、接点がないことに気付き少し寂しかったのを覚えている。


「それで、今日はどうかしたのか?仁王」
「課題で良う分からんとこがあったから真田先生に授業して貰おうと思って。やっぱり一回は受けとかんとな、折角のシチュエーションやき」
雅がわが意を得たりとばかりに楽しそうに笑う。
そこは雅が普段座っている席なのだろう。机の上には課題らしき数学のテキストが開かれている。

「俺の担当は日本史で、数学ではないのだがな」

今日なら、部活の奴らも少ないし職員室も先生が1人、2人居るくらいだ。あの程度の人数ならば見つかる事もないだろう。
そう判断した俺はテキストを一瞥すると、教壇に向かう。


「えぇー―先生昔俺に不得意科目などない、とか言ってた様な覚えがあるんじゃけど」

「無論だ。学問というものは己の努力次第でなんとでもなるものだからな」

「難しいもんは、難しいんじゃけど」

「それを克服する為に、俺たち教師がいるんだろう。授業を始めるぞ仁王雅」



「はい、真田先生」



そう、返事をした雅の顔は本当に幸せそうで、いつまでもこの笑顔を守ってみせると改めて心に誓った。










《おまけ》
「つうか、あの二人は何やってんですか?」
「俺に当たるなよ文。課題プリント忘れたお前が悪いんだろ?」
「違う、忘れていた事を思い出させたジャッカルが悪いんだろぃ」
「人のせいにすんな。このまま忘れてたら、忘れてたで後で文句言うんだろうが」
「まぁ、否定はしねぇ!!」
「しろよ!!それにしてもどうすんだ文?」
「どうしようかね‥‥前からいっぺん真田の授業受けたいとはほざいてたから邪魔すんのも何だしな」
「そうだな。それに邪魔しようもんなら後で仁王のヤツが喚きそうだし」
「確実に嫌がらせされるな‥‥アイツ最近じゃ真田の授業受けられる一年が妬ましいとか言って、
 真田が授業中のクラスガン見しつつ、呪詛っぽいの授業中に唱えてるし‥‥」
「呪詛って仁王‥‥。あっ、もしかして最近お前と柳生の顔色が悪いのはもしや‥‥!?」
「ジャッカルも今度聞いてみろよ。確実にその夜は魘されるから‥‥フフッ」
「お前も大変だな‥‥」
「そこはお互い様だろぃ」


教室の中には、何をトチ狂ってか学校で愛の補習中のバカップル。
入っていくわけにも行かず、帰るわけにも行かず、
この後愛の補習が終わるまで小1時間ほどジャッカルと文は教室の外で佇んでいた。


はた迷惑なバカップルに幸あれ。


「「俺らにも幸せよこしやがれこの野郎!!」」(真仁被害者の会ジャッカル桑原・丸井文)
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