恋文
手塚がドイツへ旅立ってから一ヶ月。
高校生活にも慣れて、相も変わらずのテニス漬け。


騒がしい仲間に囲まれて過ごす生活は、
自分で言うのもなんだけど、結構充実してると思う。


「英二、今日の練習の事なんだけど‥‥」
「英二、今日の授業宿題やった?」
「英二、この間言った練習メニューだ」


顔つきとか行動とか、中学時代に比べたら多少は成長したと思うけれど
それでも、俺達は子どもで、馬鹿みたいにキラキラした日々を過ごしている。


それでも、
夕暮れの綺麗な帰り道とか
朝の誰もいない学校とか
生徒でごった返した廊下とか
練習中のテニスコートとか
今ココに一緒に居てくれたらいいのになぁと
日常の中で、ふと、そんな事を考える瞬間があって

それでもその何処にも、手塚の姿も気配も何にも無くて
そのことを思い知るたびに心に穴が開いてしまった様。


昔の偉い人は、空は世界中繋がってるんだから
逢いたい人が居たら空を見上げろ何て言ってたけど、
やっぱり、隣に居て欲しい。
同じものを見て、一緒に笑って、感動を共有したい。


でもきっとそんな風に思う相手が居る自分は幸せ者だとも思うから
手塚のことを思い出す時は、寂しさの中にも甘やかなものが混ざっている。


あぁ、久しぶりに手紙でも書いてみようか。


遠い空の下で、くそ真面目にテニスに励んでいるだろう、彼の人に。


少しでも、自分が見たものや考えた事があの人に伝わるよう願いを込めて。






拝啓
お元気ですか? 僕は君が居なくて寂しいです。
ドイツへ旅立ってから1ヶ月。
1度中学のときに肘の治療で滞在していた事も手伝って、
懸念したよりもずっと早くドイツでも生活に慣れることが出来た。


レベル名高いプレーヤーと共に練習することで、
世界のレベルを直に感じながら、より高みを目指す日々はとても充実している。


「手塚、今度は俺と試合をしよう」
「手塚。また、練習ばっかりして。自己管理も練習のうちだぞ」
「手塚、コーチ知らない?」


日本に居た頃より更にテニス漬けの日々は、
テニスプレイヤーとしてだけではなく、
15歳のただの手塚国光にも大きな成長をもたらした。


それでも、
街路樹が綺麗な遊歩道とか、
道端で色とりどりの花が売っていたときとか
おいしそうな焼き栗の屋台を見つけたときとか
練習中のテニスコートとか
今ココに一緒に居てくれたらいいのになぁと
日常の中で、ふと、そんな事を考える瞬間があって


一緒に居れば隣で笑いながら、目を輝かせていたであろう菊丸の不在が
こんなにも寂しい。


澄み渡った空の下、菊丸が笑ってテニスをしていてくれたらいいなぁと
今心地よく俺を包む風が、菊丸の笑い声を届けてくれないかなぁと
そんなことをとりとめも無く考える。


それだけで、寂しくて冷え切ってしまいそうな心に
ほのかな明かりが灯から、彼の力は偉大だ。


あぁ、久しぶりに手紙でも書いてみようか。


遠い空の下で、仲間達と笑いながらテニスを楽しんでいるだろう彼の人に。


少しでも、俺と菊丸の思い出が共有できるようにと願いを込めて。







追伸 
僕は元気です。早く君に逢いたいです
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