雨色協奏曲






「あ‥‥雨降ってきおった」



ある部活休みの日曜日。
何となく遊びに行った真田の部屋で、何となく買った差し入れを食べつつ
(本当に真田のために持ってきたものだが、気が付いたら仁王が食べやすいように真田が移動させていた)
出された座布団を枕代わりにして、畳に寝転がって雑誌(これは真田の)を読んでいると
聞き覚えのある優しい音が仁王の耳に届いた。




ポツリ、ポツリ。





静かな室内に、天気が崩れた事を知らせる独特の水音が段々と勢いを増しながら鳴り響く。


「そのようだな。今日は休みで丁度よかった」


仁王の声に顔を上げることもなく、淡々と真田はやりかけの課題を進めている。
仁王からすると、それがちょっと面白くないのだけれども、
黙々と課題を進めていく真田の、
真剣な横顔もかっこいいなぁという感想が思考の大部分を占めているのだから、相当重症だ。


「明日はコートびしょびしょで最悪かもしれんよ」


ちょっと拗ねたような、物言いをしたところで顔がにやけているのだから、説得力というものがまるでない。




この、詐欺師に仮面を外させるのだから中々たいしたタマよのぅ、お主。





そんなのん気なことを考えながら、目がかろうじて見えるか、といった具合に手にしていた雑誌で顔を覆い隠した。

「第1コートがな。全く何故あの様に水捌けが悪いのだ、たるんどる」

「うはは、確かに。1年時は、コートの手入れも仕事じゃったから大変じゃったの」

「雨の降った翌日は、朝早く行ってコートの状態を整えなければならなかったからな」

あ、今ちょっと笑った。
当時は嫌な(というか今でもやれと言われたらお断りしたい仕事ではある。
時間と手間が掛かりすぎて面倒なのだ)だけの仕事だったが、
こうして月日がたって思い返してみれば、それすらも良い思い出ということか。

そんな他人事の様な感想を抱いた仁王だって、今の真田と同じ様に優しい顔をしていた。

雑誌で顔の半分以上が隠れてしまっているから、仁王の表情は真田からは分からないけれども、
それでも笑ったことは雰囲気で伝わったらしい。



先ほど緩めた口角をますます緩めさせ、仁王の方に向き合う。



「お前は大概上手い事サボっていたようだがな」

「‥‥プリ」

「流石に1人であれをやった時は、お前を恨んだぞ」

「朝は本当に弱くての。あん時は昼飯奢ったろうが」

心底疲れたようなため息と共に吐き出された真田の恨み言に、
仁王が顔の上から雑誌をどけながら答える。
真田が課題から意識を話したことに少し気をよくしつつ、
それでもそんなそぶり少しでも見せないように、ゆっくり体を起こした。



「そもそも、最初からサボるな。ちなみに明日は朝練があるからな。雨がやむか、小雨になるかしたら帰れよ」

「折角、遊びに来た恋人に言う事じゃなかろう。課題、課題でやっとこっち向いたと思ったら」




「馬鹿言え。お前に風邪でも引かれたらことだからな。大事な恋人だからこその苦言だ」





「‥‥言うようになったの」

「何時までも、お前にやられっぱなしではいかんからな」


そう言い切って、胸を張った真田は3年前に見ていたよりも心身ともに大きくなっていて
寂しいのと照れくさいのとで何となく、じっ‥と眺めてしまった。



「どうかしたのか?」



流石にそんな仁王の様子がおかしいと思ったのか真田がいぶかしげに問い返す。


まさか、真田の成長と恋人という言葉に照れて固まってました。


なんて本音を口にする訳にはいかず(自分の柄じゃないし、何より恥かしい)
慌てて取り繕うように、仁王は口を開いた。


「別に、ただ昔は恋なんて口にするだけで恥ずかしがるような、純情少年じゃったのになぁと思っての。
弦一郎、立派になってお母さん嬉しいわ」


そんな風に茶化しながら、真田を見やれば渋い顔をして仁王を凝視していた。


「誰がお母さんだ、馬鹿者」

「いやいや、弦一郎君の成長を3年間見守ってきたっちゅうことで言えば、俺はお前のお母さんにも等しい存在ぜよ」

「それでは、俺もお前の母親になってしまうだろうが」




こっちだって、お前のことを3年間見守ってきたのだから。






と、真田が言葉を紡いだ瞬間二人の間の空気が固まった。(というか、仁王が固まった)



あー来た。今のは、攻撃力高すぎじゃろ。


仁王が微かに顔を赤くして、目を泳がせれば、



今、俺はもの凄く恥ずかしい事を言ったのではないだろうか



と、やっと真田が気付いて仁王を凝視する。



なんとも言いがたい空気の中、それでも視線が交わればどちらからともなく笑みが零れた。










そんな中、ふと、窓の外を見やると重く垂れ込めた雲の隙間から光があふれ出している。



「おー雨が小降りになって来おったな」

「この分なら、明日は問題なさそうだが、今日はもう帰れ。また崩れては敵わんからな」

「やっぱ、駄目?」

「駄目だ。風邪などひいては部活もままならんからな。途中まで送っていこう。ほら、支度しろ」

「へいへい」









優しい雨の音色を聞きながら、
今までもそしてこれからも二人で明日の青空に思いを馳せる事の出来る幸せを感じつつ
仁王は、真田の部屋を後にした。


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