あ、明日バレンタインだ





「はぁー、この間正月迎えたばっかりだって言うのに時間がたつのは早いねぇ」


「何爺くさい事言ってんのよ。ほら、ちゃっちゃと手を動かす」


「‥‥こういうのって、自分で全部やってからこその様な」


「うるさい。愛するダーリンにおいしいチョコレートを食べさせたいって乙女心でしょ」


「頑張れ、英二。菊丸家に生まれた男子の宿命だ‥‥」





毎年のことだけど何で俺らが手伝わされるのか?





全世界の恋する人々が、張り切っているであろうバレンタイン前夜。
我が菊丸家も例外ではなく、愛する人に渡すためのチョコレート作りが行われている最中だ。






兄弟総動員で。








お菓子作りは手際が命。暇なら大切な兄弟のために手伝えと言う事らしい。


アンタ達への、チョコレートも混ざってるんだからいいでしょとは、姉ちゃんの言い分だが
それは何か違う気がするのは気のせいだろうか?
いや、気のせいではないはずだ。
これでは自分で自分へのチョコレートを作ってるのと
変わらないんじゃないかと許されるならば突っ込みたい。
突っ込んだら最後地獄を見ることは必須だが。


それにしてももうバレンタインか。明日は大変だろうな。


先ほどから混ぜているケーキの種から漂ってくる、チョコレートの甘い芳香が
1年生のときから繰り返されてきた部室での惨劇を思い起こさせる。


考えるのは止めよう。過ぎ去った過去より未来をどう生き抜くかが大事だし。
俺よりもっと大変なのは手塚と不二だし。


あの2人、1年のときから人気だったもんなぁ。くそぅ羨ましい。


そんな妬みを腕に籠めてぐるぐるぐるぐるかき回す。


小学生の頃はそれなりに何個もらえるかなーなんてのん気に考えていたものだが
中学生になってからと言うもの、手塚の不二に対するチョコレート攻撃に過去2回とも巻き込まれ
すっかり、トラウマと化した感が否めない。


俺だって健全な男の子なんだけど。
素直にバレンタインをまだまだ楽しみたいお年頃なんだけど。

そんな、思いを込めてはぁとため息をつくと

「ちょっと、愛するダーリンへのチョコをアンタの辛気臭いため息で駄目にしないでよ」

と容赦ない言葉が姉ちゃんから投げられてきた。


すいませんちょっと泣いてもいいですか?

「ふぇーい」

とそんな気持ちは押し殺して素直に返事をしつつ、
ふと学校で1,2を争う人気者の片割れを思い浮かべる。


一応、一応恋人同士なんだから手塚でもチョコとか欲しがるかなー
でも、明日山ほど貰うから、逆に嫌がらせっぽいよな。
甘いもの好きでもないけど、嫌いでもないって感じで毎年しんどそうだし。


すったもんだの末に落ち着くところに落ち着いた恋人はとてもよくもてるので
毎年大量のチョコレートを貰う。

律儀な性格が災いして、一通り食べる。

体調を崩す。


なんていうループを毎年繰り返している。


もてるのは今に始まった事ではないし、
チョコレートをくれたことに感謝はするがそれでどうこうなるような人間でもないことは良く知っているので
嫉妬するつもりはさらさら(そりゃ少しはあるけどね)無いが体調管理の面でチョコの貰いすぎが心配だなと思う。



いっそ胃薬でも渡そうか?




無心でチョコを溶かしつつ、脳内で割と真剣にそんなことを検討し始めていると、
台所の置くから兄ちゃんと姉ちゃんの会話かが聞こえてきた。




「なーなんかポテトチップス的なもの無い。甘い匂いずっと嗅いでたら、しょっぱいもん欲しくなった」

「えーもう、コンビニ行かないと無いんじゃない。ストックはみんなお兄ちゃんたちが食べちゃったから」

「よし、英二。混ぜるのは兄ちゃんが変わってやるからコンビニ言って来い」




あー確かに分かる、胃薬となにかしょっぱいものでも差し入れようかな。
なんて感想を抱きつつ、自分の思考にぼっとうし始めたところに突然のご指名。





いつも思うが家の兄弟は、末っ子使いが荒いのではないだろうか?





「ほら英二、金。釣りで好きなもんかっていいから」

「そういう問題じゃないよ。寒いのに」

「やかましい子どもは風の子、元気な子早く行け」

「あー英二、あたし塩煎餅食べたい」
「こっちは肉まん、よろしく」


ちょっと待って。これは

「何俺決定?」

ってことなのか、やはり。この寒いのに外になんか出たくないんだけど。







「末っ子の義務よ。諦めなさい」







姉ちゃんにそうはっきりと断言され、何時の間にやら俺の部屋からとって来たらしいコートを渡され
激しく異を唱えたい、俺底辺説に抗議をする間もないまま
あれよ、あれよという間に外に追い出されてしまった。


なんて、兄弟がいの無い奴らなんだ。皆して酷い。

そんな悪態をつくと、ひゅーっと冷たい風が俺の周りに吹き荒れた。




うぅー寒い。早く帰りたいが、目的のコンビ二は遥か彼方。





悔しいから釣りで手塚と食べるじゃがりこでも買ってやろうと思う。





チョコレートなんて交換し合うより、ずっと俺ららしいかなぁ
なんて思いつつ夜空の下でちょっと笑った。
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