今日はバレンタインですか、そうですか







まぁ、毎年の事だ。

そう思って、俺はきびすを返した。

と、瞬間どこからとも無く現れた3つの影。






「やー流石仁王今年もすげぇな」

「全くだ。仁王の癖に生意気だね。フフッ」

「幸村、何か怖いぞ」







周囲の女子から、微かに歓声が上がる。俺に向けられたものではないにしろ視線が痛い。

頼むから大人しくしてくれ。ただでさえ今日は大変なんだ。

「で、お前らは俺に何の用だ?」


仁王に用件があり教室を尋ねたところ、女子数名が仁王の周囲を囲んでいるところを目撃した。
女子が仁王の周囲を囲んでいる事自体は珍しくも無いが、やはり日が日であるだけにいつもよりも熱気が凄い。



心無しか女子生徒の顔が赤らんでいるのが、仁王に対してそれだけ好意を持っている証だ。




先生に頼まれた伝言を伝えに来ただけではあるが、その光景に何となく声を掛け辛く感じ
教室に帰ろうとした所を、不覚にも丸井・幸村・ジャッカルの3人に捕まってしまった。
幸村、丸井はともかくジャッカルまで2人の悪ふざけに付き合うとは‥‥






思えん。この2人に無理やり引っ張ってこられたのだろうな。


「仁王にチョコたかろうと思って」

「仁王が女子に囲まれているのを見てがっかりイリュージョンな真田の顔が見ついでに、仁王のチョコも貰っていこうかと」

「‥‥何か知らんが、無理やりブン太に引っ張られて」


呆れた風を隠さずに尋ねれば、あっけらかんとそんな答えが帰ってくる。


「相変わらず暇そうで結構だな」


そんな元気が有り余っているなら、今日の練習メニューは半分にしようか。
そう決意をしつつ、多少の皮肉を込めて返答をすれば気にした風も無く
幸村と丸井が笑みを深める。

「えー何だよ。仁王からいくつかっぱらえるかで俺の2月が決まるんだぜ」

「真田の癖に嫌味?仁王もだけどいい度胸だね」

「好きでここに居るんじゃねぇ」


やはり、少しも堪えてない。
というか、チョコレートとは別のところに意識が向かっている様に見えるのは気のせいだろうか?

いや、幸村ははなから別のものが目的だったようだが、丸井の目的も別の部分に移行しているような気がする。


おととし・去年のバレンタインとも並み居る女生徒の目を物ともせず、チョコレートをたかりに回っていた丸井が
目の前の目標物を前にしてこんな所でじっとしているのがいい証拠だ。



たるんどると言われようがこの2人は俺の手には余る。




テニスはともかく、この手の舌戦は俺の最も不得意とするところ。



やはりここは‥‥と思い、ジャッカルに頼むからこの二人を何とかしてくれ、
と目で合図を送るが静かに首を振られた。



あぁ、そうだな。丸井はともかく幸村を止められる人間は世界でも有数だからな。


無理を言って悪かった。




「で、真田としては気になんないわけ?あの光景?」

「そうだぜぃ、真田。俺の仁王においそれと近づくなとか怒鳴り込まんでいいのか?つか、怒鳴り込め」

「幸村、ブン太、真田を焚きつけるな。真田が本当にやったらどうするんだ」

そうこうしている内に、話はどんどん一番言って欲しくない方向へ進んでいく。

「馬鹿を言えジャッカル。いくら何でも校内でそんな馬鹿な騒ぎは起こさん」
というか、ちょっと待て。
ジャッカル、お前今の発言本気だろう?
お前が俺をどんな人間だと思っているのか、1度じっくり話をする必要があるな。




「なに起こさないのつまんなーい」

「退屈な学校生活にレボリューションを起こそうぜぃ」

「頼むから黙ってくれ」




ため息をつきながら、返事をすれば本気で抗議を返してくる。
もう引退した身とはいえ、騒動を起こせばそれなりにテニス部に迷惑が掛かるんだぞ。
特に幸村。お前は部長だった人間なのだぞ。
そこまで考えての発言なのだろうな。




「やらんといったら、やらん。仁王のところへ向かったのは小川先生から伝言を頼まれたからだ。取り込んでいるようなので、後にする」




これ以上絡まれるのはごめんだ。
奴らのしつこさといったら並大抵ではないからな。

これ以上下らん話に付き合って、余計な注目を浴びるのは避けたい。

流石に会話の中身までは聞こえてはいなかったようだが、現に今も何人もの生徒が聞き耳を立てているようだし。





「真田の意気地なしー」

「日本男児―」

「いや幸村、それ悪口じゃ無い」





そんなことを口々に叫ぶ、3人を置いて教室へと歩みを進める。




流石に渡り廊下まで来ると人も少ないな。

今日はどこも人が多くてかなわん。
小川先生からの伝言は、後でメールとやらにでもしたためよう。
あの調子では今日一日仁王に近づくこともままならんだろうし。





先ほどの教室の様子を想像し、少し眉間に皺を寄せる。






まぁ、毎年の事であるし仁王がこういった、類の事に関して他の連中が思っている以上に誠実なのも知ってはいるが
面白くないものは、面白くない。




とはいえ、幸村たちの言うように怒鳴り込む訳にはいかんし。




そんな事を、1人考えていると、後ろから良く知っている声が聞こえてきた。

一緒に居た、女子生徒はどうしたのだろうか?





「そんなに走ったら転ぶぞ」

そんな疑問も湧いたが、それでも自分を追いかけて来てくれた事が嬉しくて
もう1度元来た方向に歩みを進める。






冷たい風が何故だか心地よかった。
BACK