今日がホワイトデーということくらいは俺だって知っている







「お邪魔します」

「おーっす、いらっしゃい」

「あぁ、あとこれは先月の礼だ」

「あーこれ新発売の奴?食べたかったんだよね。ありがとう、手塚」


菊丸が嬉しそうに笑ったのを見て安心する。

先月のバレンタインデーに思いもかけず、贈り物(というと本人は否定しそうだが)を貰ってしまい何を返そうかと、悩む事2週間。



不二に"英二が超お返し期待してたよー"と言われ、大石には"何か凄いもの返しそうだよな"
等とプレッシャーを掛けられ、本気で胃が痛かったが、これで一息つけるというものだ。



結局、あまり高価なものを返しても恐縮するだけで、喜んではもらえないだろうと思い、
菊丸の家へ来る途中にコンビニエスストアで新製品らしい菓子を購入するだけにしたのだが、
喜んでもらえたみたいでよかった。




「俺の部屋行って勝手に寛いでて」

「その前に‥」

「お家の方なら誰もいないよん」



俺がお家の方にご挨拶を、という前に不在を知らされてしまう。



「元々兄ちゃんたちは居なかったんだけどうちの母さん手塚君が来るのにお茶菓子がないわ何て言ってさっき買い物行ったんだ」

「いや、別にそんな気を使わなくても‥」

「だろ?やっぱそうだろ?いや、そんなのいいよ手塚気にしないし、俺そもそも色々買ってあるし、お茶くらいあるだろ?
って言ったんだよ。そしたらさ何て言ったと思う」








もったいぶって言葉を止め、にんまりとした顔でこちらを振り返る。








「"何言ってんの!!手塚君が来るのよ、手塚君。手塚君にお茶菓子も出さないで誰に出すのよ!!"とか言うんだぜ」



本人的には見事に母親の再現をやってのけたつもりらしい。
流石にその様に声を荒げているところを見たことがないので、真偽の程は不明だが。


目の前の菊丸は酷いよな、手塚じゃなくて実の息子にもっと気を使えよ。等と拗ねたような声で続けているが、
本気で怒っているわけではないことは明白なので、安心して聞き役に徹する事にする。




「でさーこの前も‥‥」




何時聞いても楽しそうだなと思う。
菊丸家は大家族ゆえに、日々事件が耐えないようだが、何時聞いても楽しそうに菊丸はことの顛末を話してくれる。


そんな家族の話に少し嫉妬してるなんて言ったらこいつはどんな顔をするだろうか。


俺のことを笑うだろうか、
困った顔で必死にフォローするだろうか。





それとも‥‥






あらゆるパターンを想像していると、菊丸英二という人間は本当に多彩だなと改めて感じる。
だって、ほら今も何パターンも何パターンも浮かんで尽きる事が無い。




「手塚何笑ってんだよ。俺真剣に話してんだからな」



「え、あ‥あぁ、すまない」




今の拗ねたような顔だって可愛いなどと思ってしまう俺は、相当に重症なんだろうな。
自然と頬が緩んでしまうのを止められない。




「うーくそ」

俺の様子が気に入らないらしい菊丸が、こちらを睨みつけながら唸り声をあげている。
さて、どうしたらいいものかと思案していると、ガチャリとドアが開いた。


「ただいまー‥ってあら手塚君来てたの。んもー英二ったら駄目じゃない。お部屋に通しもしないで廊下で立ち話なんて」


「手塚も話してたんだから、俺だけのせいじゃないじゃん。お帰り」


「何言ってんの。お客様がお通しもされてないのにずかずか上がりこむわけにいかなでしょうか」





帰ってきた早々菊丸といい争いを始めてしまったのは、買い物から帰ってきた菊丸のお母さんだ。



迂闊だった。こんなとこで話し込んでいたら、確かに目に付いて邪魔だろうしご家族に気を使わせてしまう。
多少図々しくとも、早めに部屋に行っているべきだったな。



反省をしつつ部屋を見渡すと、菊丸のお母さんの帰宅で家の中がまた数段明るくなったような気がしてならない。







存在だけで周囲を明るくする。








これはもう菊丸家の持ち味なんだな、ということを今さら俺にしみじみと実感しつつ、
俺はいつこの言い争いに割って入るタイミングを図る事にした。







「お邪魔してます」







こんな簡単な挨拶さえまだ言えていないことであるし。
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