「忍足さん、お誕生日おめでとうございます」

正直心臓が止まるかと思いました。


午前8時05分。昇降口にて







想いをひとつの形にしてみたかっただけ







「‥‥し足さん、忍足さん」

「あ‥すまん。わざわざありがとう」

びっくりして意識飛びました。ええ、飛びましたとも。
だって、あの日吉が誕生日に祝いの言葉を口にするなんて誰が想像しただろう。
鳳の誕生日のときも「だからどうした」で一蹴した男・日吉若ですからね、彼は。


いつも、いつも
話しかけては鬱陶しいといわれ
絡んでは離れろと罵られ
挙句の果てには無視。


そんな日々がずっと続いていたんです。いきなりおめでとうなんて言われたら心臓止まるほどびっくりするでしょう。



確かに、誕生日だという事を彼に対して大げさにアピールして、今日が忍足侑士の誕生日だという事を印象付ける努力はしましたよ。
当然でしょう?誰だって好きな人にはおめでとうの一言くらい言って欲しいじゃないですか。




それだけで、きっと自分がこの世に生まれてきた喜びをかみ締められるはずですから。



笑わないで下さいよ。

ええ、どうせ本か映画の見過ぎだって言う気でしょう。

いいじゃないですか、好きなんですから。大体一般的に女性より男性の方がロマンチストなんですよ。

そういう点においては、男は総じて馬鹿なものなんです。

現実を見据える力なら絶対に女性の方が上でしょうね。ウチの母や友人を見てると本当にそう思います。

おっと、話が逸れてきました。


それで


「朝から何処に意識を飛ばしているのかは知りませんが、そうして立ち尽くされると対処に困るんですけど」

「イヤだって、日吉がそないなこと言うと思わんかったから、油断してるとこにエライカウンター喰らってしもたっちゅうか‥‥」

だってそうでしょう。

騒ぎ過ぎるくらい騒いでましたが、彼が誕生日の話題に興味を示した事など一度も無かったんですよ?

むしろ、うるさいといって倦厭しがちでしたね。
静寂を好む子ですから。

ええ、部室で騒いでいる際にも馬鹿じゃないかコイツら、という気持ちが駄々漏れな顔でこちらを見ていました。
ついでに、うるさいんで次やったらどうなっても知りませんからね?
というイヤなお告げまで‥‥。
こういうところが彼の素敵なところなのですが、一応淡い恋心を抱いてる身としては傷つくわけです。
それなりに。


「別に、このくらいは普通でしょう?あれだけ騒いでたらイヤでも記憶に残りますよ」




それを覚えていてくれるなんて‥‥




「そんな‥‥俺が好きやから(強調)気になったんやろ?照れんでもええんやで?」

「アンタいっぺん死にますか?」

「日吉に殺されるんなら本も‥‥イヤイヤイヤ、嘘です冗談です!!その拳は今すぐ仕舞う事をお勧めします!!」


イヤこの時は正直殺されるかと思いました。
日吉になら、殺されても本望ですが、出来れば撲殺よりは萌え死にを期待したいところです。



‥‥何ですかその目は‥‥。違います俺はオタクではありません。



ただの日吉萌えです。



続けますよ?


「全く‥‥。たまの誕生日くらい大人しくしててくださいよ」

「はーい」

「これプレゼントです。よろしければ是非召し上がってください」



そう言って日吉が取り出した、水色の袋。

何のブランドロゴも入っていないそれは、どこからどう見てもプレゼント包装用のものでした。


‥‥べ‥‥別に期待なんか、期待なんか‥するに決まってるじゃないですか!!!



誕生日という1年で一番崇め敬われる日に好きな人とこのシチュエーションですよ。
期待しない男なんていません、ゲンミツに!!


「ぜ‥‥絶対残さず食うに決まっとるやん。ありがとうな日吉」

「別に泣かなくても‥‥というか先輩。男に二言はありませんね?」
 


思えばこの時に怪しいと思うべきだったんです。
思い返せばこのときの日吉の目は、妖しく光ってましたから。
そんな事に気が付かないくらい浮かれていたわけですが‥恋する男の弱さなんでしょうね、これが。



「当たり前やん!!俺が他人様から貰ったもんを粗末にするような人間に見えるか!!」

「充分見えますけど‥‥それでは存分に味わってください。この日のためにわざわざラッピングまで施しましたから」


わざわざラッピング‥‥わざわざ俺のためにラッピングまで‥‥日吉なんていじらしい子や‥‥





そんな風に俺がギネスに乗りそうな勢いで感動で悶えている最中

そうとも知らない彼は、いつもと変わらぬ淡々とした口調で衝撃の一言を口にしました。

この言葉がカメハメ波なんて及びもつかないほどの威力だっんです。







「向日さんが、その納豆」







「はい?」



ね、期待に満ち溢れた人一人絶望渦巻く地獄に叩き落すには、充分な威力を持った一言でしょう?

あの時は一瞬、日吉の言った言葉に耳を疑いました。
だって彼が手渡したものなんですよ?
日吉が用意したものだと思うじゃないですか?
岳人て‥‥納豆て‥‥
 


「それでは失礼します。後で向日さんにお礼言った方がいいですよ」

「いや、色々聞きたいから待ってっ‥‥!!」
 


そんな予想外の情報を与えられて戸惑う俺を尻目に静かに去っていく日吉を引きとめようとしたその時です。



ええ、いたんですよ。彼らが。



隠れているつもりでしょうがバレバレでした。
黙ってても存在感というか醸し出す雰囲気が賑やかですからね。
あのオバカッパと3年寝太郎は‥‥!!
 


密かに昇降口の付近の柱に隠れていました。

その瞬間ピンと来たんです。



あぁ‥‥全ては彼らの仕込みだって。

そりゃ常ならぬ日吉の態度で気が付かなかった俺も悪いですけど、好きな人にそんな事言われたら全部ぶっ飛んでしまいますって。

おめでとうって言われた瞬間に、頭真っ白になりましたから。

「そんな感じで、愛の戦士O☆SHI☆TA☆RIとして恋する俺の繊細な心を傷つけた責任を向日くんと芥川くん
そして日吉君に取ってもらっていたら遅くなりました」



「忍足‥‥30点だ。話が荒唐無稽で起承転結が全く感じられん。次はもっと私を納得させられる遅刻の言い訳を考えて来い」

「ええーそんな殺生な‥自信あったのに‥」

「グラウンド30週だ。誕生日祝いに10週追加しておいた。行ってよし!!」

「イエッサー!!」





ちなみに忍足は、この話を日吉に聞かれた挙句、くだらない遅刻の言い訳に使われた責任を己の体で取らされたそうな。




曰く「素人に古武術は無いやろ‥‥愛ゆえの冗談なのに‥‥」




その話を肯定するかのごとく次の日、テニス部の部室には妙に達成感に満ち溢れた日吉と満身創痍でよれよれの忍足の姿があった。
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