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「お前と試合するのが楽しい」
そう、初めて言ってきたのはアイツだったっけ。
無自覚の救済
うっかり青学の菊丸とお茶を飲んだ。
その時にふと思い出したのは、あの日の情景。
あんな真っ直ぐな目で、俺とのテニスが楽しみだとそんな風に言われるのは久しぶりだったから何だかくすぐったくて
大笑いしてしまったついこの間の日曜日こと。
あの日のことを反芻するたびに菊丸が何だか怪訝そうな顔をしていた事もセットで思い出してきて、更に笑えてくる。
「仁王、何か良い事でもあったのか?」
「さぁ、誕生日だからじゃなかね?」
真田はまだ思い出し笑いをしている俺の横で「他人事のように言うな」と渋い顔をしている。
「ほら、早く行かない遅くなってしまうぞ。ナイターがあるとはいえあまり暗くなってしまってからでは危ないし、
親御さんも心配するからな」
「つうか、普通誕生日にテニスとか色気が無さ過ぎやせんかのぅ」
「お前が言いだしたのだろうが」
「あん時はテニスしたいなーと思って」
「では、帰るか」
「‥‥やる」
テニスコートに行くまでの道すがらに交されるくだらない会話。
もうちょっと楽しむ余裕を持っても良いんじゃないかと思うんだけど。
本気で帰ろうとするしな、コイツ。
「プレゼントは‥‥」
「はい?」
「プ‥‥プレゼントはまた後でやる。その‥‥気に入るかどうかは分からんが」
そんなことをつらつら考えて面白くない気分でいると、真田がいきなりこう言い放ってきた。
ちょっと不意打ち過ぎだと思う。
嬉しくて口角が下がらないじゃないか。
真田といると詐欺師の仮面が剥がれてきて敵わないな。
それがちょっと怖くて、でもその何倍も嬉しくて楽しいんだけど。
「そっか、楽しみにしとくわ」
「うむ、それにしてもお前と二人で打ち合うのも久しぶりだな」
「最近は勉強ばっかりしたからな。何のためのエスカレータ式じゃ、受験地獄には無縁だと思っとったんに」
「余裕を持ち、文武に励む為だろう。それを面倒くさがるとはたるんどるぞ、仁王」
「えー勉強よりも青春を謳歌したい年頃なのに」
「来年まで我慢しろ。そしたらテニスでも何でも一緒に出来るだろうが」
「一緒に?」
「あたりまえだろう。お前も俺も高等部に進学予定なのだし」
テニス部にはいるだろう?
と、これまた菊丸と同じく当然のように嘯く。
どうして、どいつもこいつもこんなに真っ直ぐに俺がテニスをすると信じて疑わないのだろう?
俺のテニスは、俺自身のテニスはお前らの前に立てる資格があるものなのか?
俺自身の影も形もないあのテニスは、価値のあるものなのか?
「お前のテニスは予想が付かんからな。また格別に面白い。また、目一杯打てるのを楽しみにしているぞ」
「‥‥そうかな」
「仁王?」
「俺のテニスはそんなに面白いか?」
「あぁ、お前と始めて試合した日からずっとお前と試合をするのが楽しくてしょうがない。
別に、俺だけではないだろうが。
なんと言うか、勝負の中身と言う意味ではお前のテニスにはまだ勝てないな」
何の気負いも無く淡々と言葉を返してくれる事がこんなにも嬉しい。
俺とのテニスが楽しいと当たり前のように感じてくれていることが嬉しい。
「‥‥俺、真田と試合して勝ったことないんじゃけど」
「勝負の中身は、といっただろうが。試合には絶対勝つし、勝負の中身もいつかお前を凌駕してみせる」
本当に、自分でも現金だと思うけれど。
夏からずっと抱いていた、テニスに対しての迷いがスッと晴れていく。
そして、こんな風に喜びをくれるテニスが好きだと改めて思う。
俺は、これからも悩むし、凹むし、いじけるし。
テニスを続ける限り、それは絶対に無くならないんだろうけど
それでもテニスを続けていこうと思った。
真田とついでだから菊丸のくれた言葉を大事に胸に抱いて。
そんな、一つ大人への階段を上ったような気がしない事も無い15歳の誕生日。
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