気付いてる?皆お前のことが好きなんだって。



     summer rain  (後編)




「菊丸。ふざけてる暇があったら‥‥」
コートの様子が気になって仕方がないのだろう、俺ではなくコートのほうを忙しなく眺めている。
「ふざけてないよ。ふざけてるのは手塚のほうじゃん」
「俺の何処がふざけてるというんだ菊丸?」
「ふざけてるよ!!一番悔しいくせに、真田に負けて一番悔しいくせに
俺たちがそれで動揺すると不味いからとか思って我慢してるくせに!!」
平静を装った表情を変えようともせず、俺の方を見る訳でもなく、淡々と対応する手塚に苛ついて思わず手塚の胸倉を掴む。
頼むから、俺の話を聞いてくれと祈るような気持ちで俺は手塚の方を見据えた。


「だから‥‥なんだ?」
「何だじゃないよ!!俺たち仲間じゃんみんな勝ちたいって思ってるよ。手塚と同じかそれ以上に勝ちたいと思ってるよ!!」
「菊丸?」
「でも、それはみんなで分かち合わないと意味がないんだ。手塚分かってる?
勝って嬉しいのも負けて悔しいのも皆で分かち合わないと意味がないんだよ!!
皆で全部全部分かち合ってきたから俺たちは仲間になって、チームになって同じ方向を向いて戦ってこれたんだよ?」
お前だってそうだろう手塚?お前が大和部長や大石と交わした約束のために
テニスが好きで、青学テニス部が好きでそれで一緒に頑張ってた俺たちのために
ずっとずっと戦ってきたんだろう。



少なくとも、俺はそうだよ。テニスが好きで、青学テニス部が好きで皆で一番になりたいから頑張ってきたんだよ。





テニスをもっともっと楽しむために、皆で頑張ってきたんだよ。





「何故‥‥泣いているんだ、菊丸?」
気がつかない内に、俺は感極まって泣いてしまっていたらしい。
そういわれれば何だか視界が歪んでいる。
手塚はそんな俺の様子を、手塚が心配そうに覗き込んでいた。

誰のために泣いてると思ってるんだよ。この、唐変木は。


「お前が泣かないからだろ!?手塚は本当は負けて泣きたい程悔しいくせに、
俺たちにも弱いところ見せないようにって変に我慢してさ。
俺たちだってお前と同じくらい悔しいんだ。手塚が全国制覇するためにどんだけ頑張ってきてたか知ってるから、
だから‥‥1人で戦ってるような顔すんなよ、手塚の馬鹿―」


そう思った瞬間、俺は箍が外れたように手塚に向かって泣き叫んだ。



どうして一番悔しいはずのお前が平然としてるんだよ。

どうして俺たちにも隠すんだよ。

皆で一緒に戦ってるんだから、皆で一番になりたくて戦ってるんだから。

1人で全部抱え込もうとすんなよ。






「手塚なんかっ‥‥手塚何かっ‥」
あぁ、ちくしょうかっこ悪いけど涙が止まらない。
まだまだ言いたい事がいっぱいあったのに、頭がぐちゃぐちゃで涙と一緒に言いたかったことも流れていく様だ。




「菊丸」
「手塚‥」

手塚が俺の名前を呼ぶ声に、涙でぐしゃぐしゃになっているだろう顔を上げると、
手塚にきつくきつく抱きしめられた。


「すまない‥‥すまない菊丸‥‥」
「て‥‥づか」







「‥‥っ‥‥怖かったんだ。1度弱音を吐いてしまえば、底なしになってしまいそうで‥‥だから」







搾り出すような声で、手塚がぽつりぽつりと本音を語りだす。
抱きしめられているせいで、顔は見えないけれどきっと、見たことがないくらい悲痛な顔をしているのではないだろうか。


「そんなん関係ないよ。だって今までだって皆で共有してきたじゃないか、そんで頑張ろうって言い合ってきただろう?
皆悔しいんだよ。手塚が負けたことも、手塚がそんな事平気ですーって顔してるのも」
だから1人で抱え込まないで、とそんな気持ちを込めて手塚の背を抱く。

その瞬間、手塚の張り詰めたような空気が柔らかくなったのを感じて、少し嬉しかった。

「そんな顔してたか?」
「そうだよ。変に押し隠しちゃってさ。不二なんかそれですっごいイライラしてて怖かったんだから」
「俺は余程冷静ではなかった様だな」
少し笑いを含んだ声がくすぐったい。
体の力も程よく抜けて、いつもの手塚国光が帰ってきたようだ。

「本当だよ。こーんなにいっぱい仲間がいるのに全然気がつかないで1人で凹むんだからさ」
「本当は‥‥」
「うん」
さっきまで程よく力が抜けていた手塚の腕に、再び力が篭る。

頬の辺りに、何かが当たった。



あぁ、これは涙だ。




手塚が泣いているんだ。




「本当は勝ちたかった‥!!青学の部長としてというのもある。お前たちには笑われそうだが、
俺には青学の部長として誰よりもお前たちが全国制覇という目標に向かって努力していたのを知っている自負がある」
静かに涙を流しながら、手塚が更に力を込める。
夏の雨のように温かだけど、どこか冷たい涙は俺の頬に降り注ぐ。



止まることなく注がれる涙は、言葉以上に手塚の心を表しているようだ。



「そんなの皆知ってるよ。だから皆手塚について行ってたんだから」

俺を包むごつごつとした堅い手のひら。これは手塚が青学男子テニス部部長として誰よりも努力していた証拠だ。


手塚知ってる?俺はね、お前のこの手のひらでなでられるのが凄く好きだって。

撫でられる度に、コイツに恥じないテニスをしたいってそう思える手のひらが。


「‥‥勝ちた‥かった」
「うん、それも皆知ってる」
「‥‥っ」
「俺も他のヤツも皆知ってる。だから、皆で勝とう。お前の思いはみんなが引き継いでくれる。
お前の勝利が俺たちの勝利なのと同じで俺たちの勝利はお前の勝利なんだからさ」
「‥‥あぁ」
そんな、俺の気持ちが皆の気持ちが手塚にたくさん伝わるように、手塚を抱きしめていた腕に力を込めた。


雨が降った後には、綺麗な虹が掛かると相場が決まっている。


「俺も勝つからさ」
「あぁ‥‥期待している」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、平然とした顔をして手塚は隣を歩いている。
顔自体は全然変わらないけど、雰囲気はかなり柔らかくなっていた。

「おぅ、この菊丸様にまかせとけ!!その代わり手塚」
「何だ?」
「次は絶対に勝てよ」
そう言って、肩を叩くと手塚は俺の方を向いて立ち止まった。





「任せて置け。二度と俺は負けない」





そう言って微笑んだ笑顔は、高い高い夏の青空に掛かる雨上がりの虹の様に鮮やかだった。
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